『より安く、より多く』私たちは一体、何のために安さを求めたのだろう!

『より安く、より多く』
私たちは一体、何のために安さを求めたのだろう!

 

 

学生の頃、決して飛び切りオシャレではなかったけれど、ファッション雑誌や実店舗を見ては、『今度は、バイトでお金を貯めて、この服を買おう!』と一つのモチベーションとしてファッションを楽しんでいたように思います。

 

 1990年代に青春を過ごした身としては、服はそれほど安いという価値観ではなかった記憶があり、
高いが故に慎重に選び、一度、手に入れると大切に長く使っていたように思います。

 

 私たちはいつから安さを求め、そしてなぜ『より安く、より多く』を求めるようになったのか?
そもそも安くある必要があったのか?

 

縫製現場に生まれ育ち!

 

元々、縫製業を営む両親の元で生まれ育った私は、物心ついた時からミシンの音と共に育ちました。

工場(こうじょう)というより工場(こうば)という方が、しっくりくるような下町のこうば

 

関心や興味があった訳ではないけれど、生活との距離が近かった為、見たくなくても見えてしまう。
という感覚でした。

 

工場を営む父親は、お客さんであるアパレルさんに対して、『そんなこともわからないで、依頼してるのか?』と怒鳴り散らし、それをなだめる母親という構図が日常でした。

今考えてみれば、これはすごい良い事だったのかもしれません。
物理的不可能な事を言葉は決して綺麗ではありませんが、しっかりと説明し、理解してもらう。

 

そして相手にも勉強の機会、成長の機会を与える。

 

古き良き時代の良い光景だったのかもしれませんね!!

 

 

ところがそんな時代も長くは続かず、国内生産は、価格を求めて海外へ

 

バブル崩壊後の社会人生活

 

私が社会人となったのは、バブル崩壊後の1998年

所謂、ロスジェネ世代です。

 

両親とは違う立場ではありましたが、同じ繊維の道を選びました。

 

その頃は、バブルの余韻も残っており、国内生産の比重は高く、都内にも多くの工場が残っており、国内での生産が多かった印象です。 *現在では、国内生産比率たった2.4%だと言われています。

 

 

参照:環境省 サステナブルファッション

 

 

当時は、
韓国製・中国製やポリエステルやアクリル 

『そんな製品誰が買うんだ』と良く言われました。
粗悪品のイメージが強かった海外製品や合成繊維は、敬遠されていました。

 

今では考えられないことですよね!

 

それとこれはたまたまかもしれませんが、社会人1年目に入社した会社では、廃棄はタブー

言葉は悪いですが、『どんなことをしてでも売り切ってこい』と言われてきました。

毎月、月末になると長期在庫品の販売会議

売上や利益の中身の評価よりも売れないものを売る力がある営業マンの方が評価されていたように
思います。

最終的には社内セールやそれこそ近辺の会社に引き売りして、売り歩くなんてこともしていました。

 

簡単に廃棄するという発想は、その当時なかったと記憶しています。

 

 

販売価格の下落と共に価値の下落、そして何よりも想いの下落が業界衰退の大きな要因のような気がします。

 

大量生産は悪なのか?

 

 元々、私は、大量生産する事で、多くの雇用を生み出し、低価格で商品を訴求する事は、正しい事だと思っていました。

 

 今もその考えは、ある部分では正しいと思っています。

私が商品を仕入れするようになって、特別な商品知識や生産知識がない中で、なんの根拠もなく、販売したい価格から逆算して、いくらで仕入れたいか?勝手にシュミレーションするわけです。

 

『来年は、これぐらい仕入れコストを削減したい。』そういう勝手な目標を立て、コスト交渉をするわけです。 

なぜならそうする事で自分が評価されるから

 

そしてそのコスト交渉を実現するネゴシエーション能力がなんだかかっこよく思っていました。

 

ところがいざ、自分が駐在し、工場に毎日行くようになり、考えが少しずつ変わるようになりました。

工場では、私が勝手な思いで交渉したコストダウンを穴埋めするために、必死で
・ロス率を削減
・生産性を向上
・生産の効率化

 

いつしか私も工場で、同じ努力をする立場になり、モノ作りの神髄を知ったように思いました。

 

大量生産とは言え、衣料品はほとんどの工程で人の力を必要としています。
ボタン1つで出来上がるものでは、ありません。

 

またほこりや騒音など、決して恵まれた環境の中で、仕事をしている訳ではありません。
正直、最初のころは、10分と工場の中にいられませんでした。


そもそも工場へ行くにも一苦労です。

舗装されていない凸凹道を、毎日片道2~3時間かけて!

交通渋滞が酷きときは、たった30㎏程の距離に5~6時間掛かります。

 

 

大量生産されたものと言えども、現場では努力と苦労を積かさねています。
大量生産されてものと言えども、1枚1枚手作業です。
大量生産されたものと言えども、1枚1枚大切に扱っています。

 

むしろ品質基準の厳しい日本向け商品だから大切に扱ってくれているものだと信じています。

ところが実体はどうでしょうか?

 

このものに対する想いのバトンは、一体、どこで途切れているのでしょうか?

 

それは、過去の私ような人物像ではないでしょか?

 

現場を理解せず、数字にしか興味がなく、自らの評価の為だけにコストダウンを図る。

 

昨今では、どの業界でもサステナビリティーやSGDsが叫ばれ、表面的な見せかけに注力しています。

 

環境にやさしい、地球にやさしいはとても大切です。

ですが、それ以上に作る人、作ったものを大切にする心を忘れないでほしいと願います。

 

その想いは必ず、買う人、使う人にも繋がるバトンだと思います。

 

たった1セントの値下げの裏に、どれだけの努力が隠れているか?知らなくては本当の物づくりの理解には及ばない。
そしてエシカルは語れない。

 

今、思うとコスト交渉力なんて、企業努力でもなんでもなく、労働搾取に過ぎないと感じる。

 

 

安さを手に入れた私たちが得たもの

 

前述の資料にあるように、
1990年には、6,848円だった衣服1枚当たりの価格は、
2019年には、3,202円となり、私たちは望み通り、安さを手に入れました。

 

このことにより、私たちの生活は、より豊かになり…

そんなことはないですよね!
豊かさどころか?私たちが得たものは、一体なんでしょうか?

 

豊かさと言う定義はそれぞれに異なるとは思いますが、低価格化実現により、手にしたものは、
過剰労働低収入、そして将来への不安だと私自身は思います。

 

これまで海外から仕入れたものは、安い

こういう認識だった思います。 しかしこの認識ももはや過去のもの

 

安さどころか?手に入れる事すら困難な状況です。

実際に私がいたバングラデシュでもベトナムでも
日本企業の仕事をやりたがりません。

世界一高い品質
世界一短い生産期間
世界一多い品番数
世界一少ない生産数

 

そして世界一安い価格

一時期は、技術力や管理能力の面で、重宝されていたのは確かです。
でも、もはやその役割すら果たせなくなってしまったのでは、お役御免です。

 

買い叩いていたのは、過去のこと
今となっては買い負けています。

 

当然ですよね!

 

そもそも私たちの住む世界は、モノが消費されないと成り立たない世界が広がっています。

だからこそ物質主義となり、消費欲求が止めどなく溢れ、それを刺激する広告宣伝に侵されている。

エシカルやサステナブル、そしてSDGsすらも広告ツールとして消費される。

 

私たちがやるべき選択は、
エシカルでサステナブルな商品ではなく、今あるものを大切に長く使う事が大前提です。
そして大切に長く使えるものを、消費する。

 

皆さんはなぜ
『より安く、より多く』を求めてきたのでしょうか?

 

そして
求めた結果、得たものは一体、何でしょうか?

 

一度、このことについて考えてみるのも面白いと思います。

 

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